■ あざとい『週刊金曜日』

Date: 2002-11-15 (Fri) 

 反日親朝雑誌・週刊金曜日がやらかしてくれました。一番気に病みながらも、日本での拉致被害者の連帯を崩すまいと頑張っている曽我ひとみさんの在北朝鮮の夫と子供のインタビューを載せた。

 その内容も北朝鮮の思惑通りの展開、最後の取材者の質問が「日本の市民たちに伝えたいことはありますか」である。それに対し、夫であるジェンキンス氏が「デモを起こしてでも妻を帰すよう日本政府に訴えてください」と言うものだ。この回答を見て、北朝鮮当局のバイアスがかかっていないと考える方が変である。どう欲目に読んでも、帰国している被害者を北朝鮮へ連れ戻すという北朝鮮当局の意向に沿ったインタビューであるとしか見えない。まさに北朝鮮の立場の正当性を主張するものだ。

 しかし、その内容とは裏腹に書店では飛ぶように売れている。事務所近くの紀伊国屋に午前10時過ぎに行ったが、タッチの差で買い逃した。その後、大阪駅近くの旭屋本店で電話予約を入れて手に入れた。

 大体、昨日の段階で何のために曽我さん宅まで押しかけ、ひとみさんに記事を見せる必要があるのか理解に苦しむ。その内容は、離れている家族なら当然思うこと以上のことは何一つ触れられていない。日本での曽我ひとみさんの現在の状況はしゃべるなというのが相手の条件だったらしい。インタビューを受ければ受けるほど、北朝鮮にいる家族は日本に対して猜疑心を持ってしまう仕組みになっている。

 『週刊金曜日』では、そのインタビューの後記事に『忘れられた子どもの人権』という記事が続き、その最後の章では『戦時中に日本政府によってサハリンに強制連行(筆者注・強制連行は本文のまま、実際は当時、朝鮮は日本国であったので軍の徴用ということになる)され、戦後、韓国に帰国した朝鮮人家族を取材した。』事実からその時の帰国策がうまくいかなかったことを取り上げ「原状回復」に疑問を投げかけている。そして、最後は日本と北朝鮮が自由に往来できるようになることが最良だと結ばれている。

 こういう論旨で書くのが一番楽だが、原状を見て日本の国民の大多数は国交など回復してくれなくても良いとする人の方が圧倒的に多い。少なくともこの問題に関しては、日本国のジャーナリストは日本国の庶民の代弁者でありたいと思う。

 昨夜、ニュース23では週刊金曜日の編集委員に名を連ねている筑紫哲也キャスターが自分のコーナーである『多事争論』で今回の報道に触れ、「事実を知らせる報道にとっては永遠のジレンマです」と語り、続けて「国の方針に水を差すような報道、取材はすべきではない、という議論になると、報道や言論は死んでしまい、私たちも北朝鮮と変わらない国になってしまう。それは決していいこととは思わない」と話していた。

 しかし、この言い訳めいた話は的を射ていない。一般の庶民感情から言えば、マスコミや報道に携わる人間は曽我ひとみさんにだけでなく、家族を含む拉致被害者の方々皆に対して「思いやり」の心を持って欲しいということだ。それを国の方針というような大きな問題へすり替えるのは卑怯以外の何ものでもない。

 僕はジャーナリストとして、今回の取材者達にジャーナリストとして師と仰ぐ故斎藤茂男氏の一文を送りたい。

「生きた社会の現実というものは、冷静な客観的観察だけではとらえきれない。記者が弱者の状況に巻き込まれ、徹底的に弱者の立場に視座を据えて世界を見るとき、状況の本質に接近することができる――「中立・公正・客観的であれ」という常識の虚構を自覚させられたあの夜の言葉を、私はそう意訳して大事にしまっている」1998年11月10日朝日新聞夕刊

 あの夜とは、彼が35歳のときにアジア・アフリカ・ジャーナリスト会議に出席したときであり、意訳の元はそのとき会った記者が「記者は闘いの外に立って眺めていてはいけません。状況の中に自分を投げ込み、その渦中に巻き込まれてしまうべきです」と言ったことである。

 取材対象者との人間的なかかわりやふれあいを無視して血の通った記事は書けまい。

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