■ 医療過誤を起こさないために

Date: 2003-09-29 (Mon)

 一番大事なのは医師の自覚に他ならないが、制度的、システム的に起こらないようにしていくことは可能だと思う。僕が常々考えている医療改革への提言をしたい。

 第1は医師免許の更新制度導入することだ。

 現在、日本では医師は一度医師免許を取得すると一生涯その資格がついて回る。しかし、考えてもらいたい。医療の現場は薬だけでなく、その手技も日進月歩である。少なくとも3年に一度ぐらいの更新制度を導入しても、日々一生懸命頑張っている医師からすれば何の問題もなくクリアできるのではないだろうか。

 これは何も先端の医療を全医師が取得すべきであると言っているわけではない。地方の地域医療に従事しているのなら、その現場で最低必要と思われる手技や新しい薬についての知識があるかどうかの判断を、第三者機関が厳正中立に図るべきだ。州によって違いはあるが、米国などでは基本的に一度取得した医師免許で生涯医師であり続けることはできない。

 第2は医師が専門を名乗るきちっとした基準を作ってもらいたい。

 そう聞くと今まで無かったのかと訝る方もおられると思うが、実際無いのが現状だ。ちなみに先般問題が多発している美容整形外科に至っては、内科医が届け出ただけで美容整形の病院を開業できる。しかも、執刀まで臨床例なしで行うことができるのである。美容整形の学会では最低6年ぐらいの手技に関する経験を積んで欲しいといっているが、何の法的拘束力もない。

 第3はカルテの全面開示である。

 昔ならいざ知らず、カルテにドイツ語や英語で書き込む必要はさらさら無い。日本語できちっと書くことを法律で義務付け、患者から見せてくれという申し出があった場合は、理由の如何を問わず速やかにコピーを渡す。インフォームドコンセントもこの中に含め、カルテにどのような説明をしたかを簡略でいいから書き込むことを強制する。インフォームドコンセントは今の日本では患者に対するものではなく、医師の保険として機能している部分が多分にある。それを患者のものへと質的な変化を促すことが必要だ。

 第4は密室になっている手術室にビデオカメラ設置を義務付け、手術中は必ず録画する。なおかつ、患者の求めに応じてそのビデオは速やかに提出する。

 第5に失敗の報告を恐れないことが必要である。

 よく飛行機事故に例えられるが、飛行機事故は同じ原因で同じ事故が起こらないように徹底的に調査し、世界の経験として生かしていくシステムが出来上がっている。

 医療現場でも失敗はない方がいいに決まっているが、現に失敗が起こることも否定できない。ならば、一度起こった医療過誤をせめて日本国内で共通の認識とできるよう、医師自らが失敗に対してきちっと報告することが必要だろう。同じ原因や理由で同じ過ちを繰り返していては意味が無い。

 第6に一部に取りざたされている医療過誤のリピーター医師に関しては、もっと積極的に警察が関与して医師免許の剥奪を頻繁に行うべきである。

 車で人を轢けば、赤信号で渡っていた人でも自動車の運転手側は業務上過失致死である。医療過誤で患者を死に至らしめた場合は、速やかに業務上過失致死として司法が警察権力をもって調べるべきである。後遺障害が残った場合は業務上過失傷害だ。

 第7に医師の診療点数をもう少し大きくすべきだろう。

 そして、以上の第1から第7までを包括する問題として、医師を作り出す日本の教育システムを考え直さないといけない。本当に命の尊さを分かって医師になる人が、一体何人いるのだろうか。私立の進学校や偏差値の高い公立高校から医師という職業選択をするときに「東大は無理だが地方大学の医学部なら入れる」と進路指導され、医師になっている者が如何に多いか。本来、医師は聖職的倫理観を持ち合わせていなければならない職業である。医学部に入ってから目覚める人もいるが、少ないのも事実だ。

 某私立医科大学では、解剖実習の時に「壁に耳あり」と言いながら、献体の耳を切り取り壁に貼り付け、腹腔内から取り出した腸で縄跳びをしていることも悲しいかな、事実である。これはその大学の出身者から聞いた。そんな輩も大勢いる。

 僕は、個人的には医師国家試験合格後に海外難民キャンプでの医療従事を一年間義務づけるべきだと考える。そこでは薬が足らないだけで死んでいく大勢の人を見送らねばならない。医師としての無力感に苛まれ、初めて人の命の尊さが分かると思うからだ。

 そうすれば、少なくとも今回の東京慈恵会医科大付属青戸病院で起こったようなことだけは無くなるだろう。

 それとちょっと変な言い方になるかもしれないが、医師の年収を法律で上限800万円などと決めてしまうのも、良い医師を生み出す一つの方法かもしれない。確かに、大学病院のインターンや勤務医は金銭的に恵まれているとは言い難い。しかし、その一方で町の開業医で何でこんな家屋敷に住めるのか不思議になる人たちもいる。この辺の差を医療従事者自らが立ち上がり、改革していくときに来ているのではないか。既に一部の医師達は動き始めている。それを異端視することなく業界でどう守り育てていくか、それが肝心である。

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