| 複雑なアフガニスタンの勢力分布
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| タリバーンの登場とその後の展開は後で詳しく述べるとして、ここではまず、2002年当時のアフガニスタンの置かれていた情況を検分しておこう。 9月11日事件に端を発した米国のアフガニスタンへの空爆は、2002年1月15日時点においても続いていた。誤爆も多く一般市民の犠牲者も日に日に増えている。すでに911テロを上回る民間人が死んでいる。オサマ・ビン・ラディンを捕らえ処断するという米国の考えにも、最初から無理があった。 北部同盟らの反タリバーン勢力を米国の支援で盛り返させ、タリバ-ーンの実行力を低下させておいた後のアフガニスタンの国家機関をどうしていくかを米国を中心に西欧諸国も含めて協議しているようだが、よその国の内政が乱れていても諸外国が干渉して立て直していくというやり方が正しいかどうか、まだ、考え直すことはできるのではないか。 アフガニスタンの国民はタリバーンの勢力となっているパシュトゥン人、それさえも大きく八つの部族に分かれている。それだけでなく北部同盟のタジク人、ウズベク人、ハザラ人など多種多様である。 アフガニスタン国内で活動している北部同盟にしても、タリバーンが南部のカンダハルから進攻してきてやむを得ず大同団結しただけの組織だ。タリバーンが出てくるまでは互いにドンパチやっていたのが実情である。 日本では「北部同盟」と四文字熟語のように報道されているが、正式名称は「アフガニスタン救国イスラーム統一戦線」と呼ばれる。 その中身は米国テロの3日前にテロによって爆死したパンシェール渓谷の獅子と呼ばれたマスードとラバニ前大統領が率いるタジク人を主体とした「イスラーム教会」と、ドスタム将軍が率いるウズベク人を主体とした「イスラーム運動」、ハリリ党首を戴くアフガニスタン唯一のシーア派でハザラ人が主体の「イスラーム統一党」の集合体である。 現在、米国は北部同盟に肩入れし、地上戦も戦っているが、元々タリバーンへ武器供与を行い訓練を施したのは、米国に他ならない。政治家は当然としても米国民は、そこのところを分かっているのだろうか。 911テロ以来、米国では報道の偏りが指摘されている。自国が自由の国であると信じて疑わない米国民は、メディアにいいように操られていると言っても過言ではない。 また、北部同盟以外でも、反タリバーン勢力はいくつも存在する。 主にパキスタンのペシャワルを本拠として反タリバーン活動をしていたものに、元国王支持派のアブドル・ハク氏、元国王側近のハミド・カルザイ元外務次官とハジ・ザマン元司令官らの各派である。 元ナンガハル州知事だったハジ・アブドル・カディール氏率いる一派もあるが、実体は明らかにされていない。 他にも英国にいるといわれているシャワナズ・タナイ元国防相も、アフガニスタン入りを虎視眈々と狙っているという情報もある。タリバーン支持を打ち出しているグループもある。テヘランに亡命した「イスラーム党」のグルブディン・ヘクマティアル党首だ。 後半の元国王支持派の各派は、対ソ戦の時代から米中央情報局(CIA)とのつながりがある。 それらのグループが表に出ずに、積極的に反タリバーン工作をしていたことが分かったのは、皮肉にも有力指導者の一人であるアブドル・ハク氏が01年の10月26日にアフガニスタン内でタリバーンに拘束され、即時、処刑されたとタリバーン系のバフタル通信が伝えて明らかになったときだ。 ハク氏らは有力部族長に金を配り、タリバーン穏健派の寝返り工作をしていたと思われる。一部、報道によると多数のドル紙幣を持ち、衛星電話も装備していたと言う。 タリバーンに急襲されたとき、米軍ヘリが救助に向かったと報道されていることからも分かるが、反タリバーン勢力と米国との連携は確実に行われている。さらに、この速やかな連携は、911テロが起こる前からのつながりを裏付ける。 なぜ、米国が連携を取るのか。自国の国益を最大限に希求するのが、欧米の外交政策の基本である。それは外交という言葉がこの世に生まれてきてから、欧米人にとっては国益とそれを生み出す国民が最大限守らなければならないものなのである。 今回の米国の国益とは、アフガニスタン北部の旧ソ連のイスラーム国家群であるトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタンにある天然資源を、いかにして安全にアラビア海まで安いコストで運び出せるか、に掛かっている。そのためには、本音を言えばアフガニスタンをカーブル以北と以南で南北に分断し、北部側にさえ安定政権ができれば事足りるのである。 そうすれば、何の利益も権益もない南部の面倒を見なくてすむ。これが米国の本音である。 その部分にも考えを及ぼさないと見誤る。 だからこそ01年の12月5日にドイツで開かれたアフガニスタン代表者会議で、元国王側近のハミド・カルザイ元外務次官(46)を、暫定行政機構の首相にあたる議長に選出したのである。 カルザイ氏は多数派パシュトゥン人、ラバニ政権で外務次官を務めた。ザヒル・シャー元国王支持派の有力指導者である。また、米国亡命の経験があり、米政府との関係も深く、米国の市民権も持っている。なにをかいわんやである 。 内閣にあたる暫定行政機構は、当初予定より1ポスト増やされ、30人で構成されることになった。最終的に他国の援助を受けて国土の大半を実行支配している北部同盟が、16ポストを占めた。 北部同盟ではアブドラ外相、カヌニ内相、ファヒム国防相の三幹部が、暫定行政機構でも同じポストに横滑りする。また、女性の社会参加を制限したタリバーン政権への配慮から、女性も3人、起用された。 暫定行政機構は事実上の内閣として機能し、今年6月までに開かれる緊急の国民大会議(ロヤ・ジルガ)で樹立される暫定政府に統治を引き継ぐ。 その後、暫定政府は18カ月以内に正式なロヤ・ジルガを開催し、憲法を制定。6カ月以内に総選挙を実施し、正式なアフガニスタンの政権が誕生する予定である。あくまでもそうなればいいという予定なのである。 これらの会議に出席している四派とは、(1)北部同盟(2)多数民族パシュトゥン人の亡命者らがパキスタンで結成した「ペシャワル・グループ」(3)ザヒル・シャー元国王を中心とする「ローマ・グループ」(4)イランの支援を受ける「キプロス・グループ」の四派である。 要するに北部同盟は一派と数えられているのだ。三派の野合でできているのにもかかわらずである。 |