シーソーゲームの現代史
 しかし、独立したものの、英国と旧ソ連の影響力はなくならなかった。そうしたシーソーゲームの中でバランス感覚を持った国王や官僚によって、まがりなりにも国家としての体裁を整えてきたのである。

 このシーソーゲームの状況が一変するのは第二次世界大戦が収束し、インドの独立戦争によって英国がインドから撤退したことにある。それは事実上、英国のアフガニスタンからの撤退も意味した。

 旧ソ連にとってみれば、アフガニスタンへの影響力を増強できる千載一遇のチャンスとなった。

 しかし、英国撤退後にアフガニスタンに先鞭をつけたのは意外にも旧ソ連ではなく米国だった。

 第二次世界大戦後の冷戦が始まりつつあった1951年から、米国は援助を開始している。アフガニスタンは安全保障面でも米国を頼りにしていたが、米国側はその申し出を断った。

 今なら考えられないことだが、1954年当時は海に面していないアフガニスタンは有事のときに補給が困難であり、米国の安全保障の傘の中には入れられない、としたのである。これにより米国は中東を控えた西アジアでのプレゼンスを長期にわたって失うことになる。

 その失地回復に米国が執った施策が「経済援助」であった。

 55年まで年間200万ドルだった経済援助額は56年に一挙に1,800万ドルにまで跳ね上がる。60年代末までその援助は続く。

 旧ソ連も手を拱き、それを黙って見ていたわけではない。援助の開始は54年からと3年遅れはとったものの、第二次世界大戦後の非共産圏への最初の援助となった。

 その累計額も62年段階では、すでに米国を大きく引き離している。当時の累計額が米国で2億3,800万ドルに対して、旧ソ連は5億ドルと2倍以上に達していた。
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